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大阪高等裁判所 昭和43年(う)482号 判決 1970年6月12日

被告人 西藤次郎 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人仁藤一作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について。

所論は、要するに、原判決は「被告人らが、株式会社高西組(以下高西組という)の和歌山県商工信用組合白浜支店(以下県信という)に対する現在負担し又は将来負担すべき一切の債務を担保する趣旨で、株式会社白浜海上娯楽センター(以下センターという)の県信に対する金二、二〇〇万円の定期預金債権に質権を設定した」と認定しているが、被告人らが右定期預金債権に質権を設定したのは、昭和三八年一一月一五日高西組が県信から借入れた金二、〇〇〇万円の債務の担保としてのみなしたもので、高西組が将来負担すべき債務につき根質権を設定したものではない。したがつて、被告人には原判示の如き損害の発生についての犯意がなかつたことは明白であり、また、被告人らの所為によつて原判示の如き財産上の損害を与えたことはない。よつて原判決には以上の点について事実の誤認がある、というのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠を総合すれば、被告人らは原判示の如く高西組が県信に対し現在負担し又は将来負担すべき一切の債務を担保する趣旨で、原判示二、二〇〇万円の定期預金債権に質権を設定した事実および高西組が県信から昭和三九年四月二〇日借入れた金二、五〇〇万円を返済しなかつたため県信をして担保債権中一、三二〇万円につき右債務と相殺をなさしめ、よつてセンターに財産上の損害を与えた事実ならびに被告人らに損害の発生について犯意のあつた事実をいづれも肯認することができ、原判決に所論の如き事実誤認があるとは認められない。

すなわち、まず、質権設定の趣旨の点は暫く措き、被告人らが原判示二、二〇〇万円の定期預金債権に質権を設定するに至つた経緯をみるに、原審証人嶋久雄、同植野順造、同新谷善美、同山本敏夫の各供述、嶋久雄の検察官に対する昭和四〇年七月一四日付および同年六月二九日付供述調書(なお、原判決に同人の検察官に対する供述調書四通とあるのは三通の誤記であると認められる)、原審で取調べた担保差入証写(記録九一丁および四四八丁)、手形貸付金元帖写(弁二号証の一〇の一ないし七)被告人西藤次郎の検察官に対する同年七月一五日付供述調書、被告人中本芳男の検察官に対する同年七月一日付供述調書、被告人中本芳男の原審公判廷における供述および当審において取調べた手形貸付禀議書写(弁二号証の一六)を総合すると、高西組は、かねて県信との間に手形貸付契約を締結し、同契約について高西組関係者所有の不動産に極度額合計二、五〇〇万円の根抵当権を設定するほか、人的保証、定期預金、積金等をも共同担保とし、特に極度額を定めることなく、多数回にわたり継続的に融資を受けていたこと、昭和三八年一一月上旬ごろ高西組において支払手形を決済するためのつなぎ資金として短期間の融資を受ける必要に迫られたため、被告人らは県信から従来の借入れに追加して金二、〇〇〇万円を借入れることを決め、そのころ被告人らにおいて和歌山県商工信用組合本部に赴き、直接同本部の理事者に右融資の依頼をすると共に、被告人両名あるいは被告人中本と高西組白浜支店経理係嶋久雄において数回県信に赴き、同支店次長植野順造に対し融資の申込ならびに所定の手続をすませたこと、その際、高西組は近く郵政省老人ホームの工事代金として金二、七八九万余円を受取る予定であつたところから、右工事代金を右二、〇〇〇万円の返済にあてる旨の念書を県信に差入れたこと、その当時の県信と高西組との取引状況は、県信の貸付金合計は四、二八〇万円で本件の二、〇〇〇万円の貸付を加えると六、二八〇万円(そのうち一〇〇万円は商業手形によるもの)に及び、これに対して高西組の預金、出資金等合計は二、四五一万余円であるから、県信の純債権額は三、七三二万余円(そのほかに商手によるもの一〇〇万円)となり、これに対する物的担保としては前記のとおり二、五〇〇万円の根抵当権が設定されているという状況であつたこと、前記手続をすませた数日後に、本部審査課から県信に対し、右融資に対する追加担保として、既にセンターからセンターの借入金の担保として県信に差入れられている本件二、二〇〇万円の定期預金債権を差入れさせるよう指示があり、県信は前記嶋久雄を通じて被告人中本に対し右追加担保の差入方を要請し、そのころ嶋を通じて担保差入証書の用紙を送付したこと、そこで被告人中本は被告人西に電話でもつて右次第を報告して相談したところ、被告人西もそれを了承し、その手続方を被告人中本に一任したこと、かくて被告人中本は右担保差入証書の担保提供者欄にセンターの代表取締役として記名押印し、嶋久雄において債務者欄に高西組取締役社長西藤次郎の記名押印をしたうえ、これを県信に送付し、よつて同年一一月一五日高西組は県信から金二、〇〇〇万円の貸付金を受領したこと、なお被告人西は当時高西組の代表取締役社長であると同時にセンターの代表取締役会長であり、被告人中本は当時高西組の専務取締役経理部長であると同時に被告人西の勧めによつてセンター代表取締役社長の地位にあつたものであることが認められ、つぎに前記担保差入証書の内容をみるに、前掲担保差入証書写によれば、右証書は債務者と担保提供者との連名のもので、担保となる定期預金の内容を表示するとともに、同預金は本債務を担保するほか債権者が県信に対し現在負担し又は将来負担すべき一切の債務の共通担保であることを承認する旨の記載があること(もつとも、右証書の文言中の「私が」貴組合に対し負担するという部分の「私」は、本件の如く第三者の担保提供にかかる場合には、債務者のみをさし、担保提供者をさすものでないと解すべきことは当然であるが、文言としては正確なものというを得ず、また「別紙約定書の各条項承認の上」とあるが、約定書は当事者の要求がある場合は格別、通常の場合は県信に保管されており、その都度担保提供者に示されることはない取扱いであると窺われるのであるが、以上の点はいまだ担保差入の効力を左右するものとまでは解されない。)が認められ、以上認定にかかる事実ことに担保差入証書の内容ならびに担保差入証書が差入れられるときの経緯に被告人西藤次郎の検察官に対する昭和四〇年七月一五日付供述調書、被告人中本芳男の検察官に対する同年同月一日付および同年同月一四日付供述調書の各供述記載とをあわせ考察すると、該二、二〇〇万円の定期預金債権に対する質権設定の趣旨は、それが前記二、〇〇〇万円の借入れに限つてなされたものであることあるいは将来負担するかも知れない債務を担保するものでないことを窺わせるに足る特段の事情のない限り、高西組の県信に対する現在負担し又は将来負担するかも知れない一切の債務を担保するためなされたものと認めるのが相当である。

そこで、進んで以上のような特段の事情の存否について検討をすることにする。まず、所論は、前記担保差入証書の文言は不動文字で印刷されており、右文言の一部についてのみ合意が成立した場合でも残余の部分が抹消されないままにされている取扱いは広く知られているところであるから、不動文字どおり合意が成立したものと解すべきではない、というのであるが、前記担保差入証言の文言が不動文字で印刷されていることは所論のとおりであつても、所論のいうような取扱いが一般に行なわれていることを認めるに足る証拠は存在せず、ことに本件担保差入証書の如く多額の定期預金債権を担保に差入れるという極めて重要な事項を内容とする書面についてそのようなことが一般に行なわれているとは到底考えられず、むしろ前説示の如く文言どおり合意が成立したものと推定するのが相当である。

つぎに、所論は、融資枠を設定して貸付が行なわれるような場合には差入れられる担保は根担保と考えてよいが、個別的借入れには個別担保が原則であるところ、本件担保の差入れに際しては融資枠を設定されたものではなく、個別的借入れについてなされたものであるから、本件担保の差入れは個別的借入れのためになされたと認めるのが相当である、というのであるが、一般的には所論の如き取扱いがなされる場合が多いとはいえても、必ずしも個別的借入に際してなされる担保提供が右個別的借入れに対する担保に限られなければならないという道理はなく、個別的借入れの機会に現在までに負担し又は将来負担することがあるべき債務の担保として担保の差入れを求めあるいは担保を差入れることも何等妨げないところであつて、これが通常ありえない事態であるとは到底考えられない。

さらに、所論は、第三者のなす物上保証の場合で根担保の提供を求めるようなときは、特別な合意が行なわれるのが普通であるところ、本件にあつてはそのような特別の合意が行なわれた事跡は認められないのであるから本件担保は根担保と解すべきではない、というのであるが、一般に担保権を設定する場合には右設定の趣旨を明確にすることが望ましく、そのために特別な合意をする場合があることは所論のとおりであるが、特別な合意がなければ根担保をとりえない性質のものではなく、本件の如く個別的な借入れの機会に右借入れの担保とすると共に将来の債務のために根担保とすることをあわせて合意することももとより何等の妨げなく、したがつて特別な合意がないから根担保と解すべきでないという所論は採用のかぎりでない。

また、所論は、高西組が昭和三八年一一月一五日二、〇〇〇万円を借入れた際には将来も引続いて借入れが行なわれることを予想させるような情況は特になかつたのであるから、将来負担すべき債務について担保を提供するということは考えられないというのであるが、前掲各証拠なかんづく手形貸付金元帖写(弁二号証の一〇の一ないし七)によれば、前示の如く高西組は昭和三八年一一月一五日以前において県信と多数回にわたり継続的な取引(手形貸付)をしていることが認められ、したがつて、右継続的取引を打切るというような特別の事情の存する場合は格別、そのような特別な事情も全く窺われない本件においては、将来も引続いて取引を継続するものと予想するのが当然であつて、右所論は到底採用できない。

さらに、所論は、高西組が県信から昭和三九年四月二〇日金二、五〇〇万円を借入れた際の手形貸付禀議書の副申書には裏付預金三九、〇三一、九五〇円と記載されており、本件定期預金は右裏付預金に含まれておらず、かつ右禀議書に該定期預金が担保とされていることを窺わせるに足る記載がないことからも、該定期預金が将来の債務の担保として差入れられたものでないことが明らかである、というので案ずるに、右副申書に裏付預金として三九、〇三一、九五〇円と記載されていること、右禀議書に本件定期預金が担保となつていることを窺わせるに足る記載のないことは所論のとおりであるが、副申書に裏付預金とされているものは貸付金の担保となる高西組の預金、積金等をさすものであることが禀議書の取引状態欄の貯金・出資金の記載からも窺われ(裏付預金三九、〇三一、九五〇円の内訳は今回の貸出金中定期預金にすることが条件とされている一、五〇〇万円とそれ以外の二四、〇三一、九五〇円であるが、後者は貯金・出資金合計額二五、四六九、三四二円から普通預金・当座預金一三七、三九二円と出資金一、三〇〇、〇〇〇円を差引いた残額であることが計数上明らかである)、センターの定期預金である本件定期預金がその中に含まれていないのは当然であつて、このことをもつて本件定期預金が右二、五〇〇万円の貸付の担保とされていないと断ずることはできない。しかしながら、本件定期預金が右二、五〇〇万円の貸付の担保となつている場合には通常その旨の記載があつて然るべきものであると考えられるので進んで検討するに、該定期預金が担保とされたことに争いのない金二、〇〇〇万円の借入れの際の禀議書(弁二号証の一六)をみても右と同様に該定期預金が担保とされていることを窺わせるに足る記載は全く認められず、右事実からすると該定期預金が二、〇〇〇万円の貸付金の担保になつていることは決済をする理事者には口頭で報告されたものと推測され、したがつて該定期預金が二、五〇〇万円の貸付金の担保になつていることが禀議書に記載されていなくても、右と同様に理事者に口頭で報告されたということも十分ありうることであると考えられ、また既に前回根質権の設定であることを口頭で報告してあるのであるから承知されているものと考えて報告もしなかつたということも考えられるところであつて、右禀議書に記載がないことのみをもつて該定期預金が担保とされていなかつたと断ずることはできず、右記載のないことをもつて未だ前記認定を覆えすに足る特段の事情ありとすることはできない。

また、所論は、前記禀議書(弁二号証の一四の一、二)の審査課意見及び決済条件欄に「センターの既設定物件を共同担保として追加担保する事」と記載されてこれが抹消されているが、これは高西組の担保だけで十分であると考えられたからである、というのであるが、右記載があること、これが抹消されていることは所論のとおりであつても、右を抹消した趣旨が所論のとおりであることを認めるに足る証拠はなく、かえつて原審証人山本敏夫、当審証人山中竜太郎、同平野安一の供述によれば、必ずしも明確であるとはいえないのであるが、センターの定期預金が根担保として入つていることに気付いて本部審査課の係員が一旦記載した後抹消したものと推測することもあながち誤りであるとすることはできず、いずれにしても、右記載及びその抹消はいまだ前記認定を左右するに足る事情とすることはできない。

最後に、所論は、前記二、五〇〇万円の貸付当時である昭和三九年四月二〇日には本件定期預金債権は既に満期となつており、当時本件定期預金証書を書替えておらず、したがつて新たに差入れることを要求されたこともない。右事実に微すれば県信自身二、五〇〇万円の貸付に際し、本件定期預金債権を担保とする意思がなかつたことが明らかである、というので案ずるに、本件定期預金債権の満期日が昭和三九年三月一八日であつたこと、右定期預金は同年七月六日に至つて継続の手続がとられたが、それまではそのままに放置され、右定期預金証書も書替えられていないこと、そして県信においても二、五〇〇万円を貸付けるに際し、右定期預金の継続ないし、証書の新たな差入れを要求していないこと、右定期預金が継続された同年同月同日ころ前記担保差入証書の定期預積金欄にも新定期預金が記載されるに至つたことが前顕担保差入証書写、原審証人植野順造の公判廷における供述によつて認められ、それによると本件定期預金が満期後も約三ヵ月半も放置されていた訳であるが、本件の如く定期預金債権の債務者である県信が右定期預金債権を質取したいわゆる預金担保の場合においては、質権者としては定期預金債権が質権者の知らない間に払戻しされるという心配がなく、したがつて右のような事態について何等の痛痒も感じないのであるから、そのことをもつて県信が二、五〇〇万円の貸付をなすに際し該定期預金債権を担保とする意思がなかつたとすることができないことは言うまでもないところである。(むしろ、センターにおいて右定期預金の継続を早急にすべきものであつたと考えられる。もつとも、右定期預金はセンターの借入金についても担保として差入れられていたと窺われるのであるが、利息の点において差異を生ずることが考えられる。)

以上検討したところで明らかなように所論はいずれも前記認定を左右するに足る特段の事情たりえず、また所論を総合して考察しても右の結論を異にするものではなく、外に該定期預金が金二、〇〇〇万円の借入れの担保としてのみ差入れられたものであることあるいは将来負担すべき債務の担保として差入れられたものでないことを窺わせるに足る特段の事情は認められない。したがつて該定期預金は高西組が県信に対し現在負担し又は将来負担すべき一切の債務を担保するために差入れられたものと認めるのが相当であり、これと結論を同じくする原判決には何等の事実誤認を見出すこともできない。この点に関する論旨は理由がない。

さらに、被告人らに損害の発生について犯意がなく、また被告人らの所為によつて損害の発生がなかつたとする所論は、いずれも前説示のとおり前提を欠き爾余の判断をまつまでもなく失当である。

控訴趣意第二点(理由そごないし事実誤認の主張)について。

所論は、まず、原判決は弁護人の主張に対する判断として「被告人らが本件定期預金を高西組のために担保として提供した当時、センターは高西組に対し約三、〇〇〇万円の負債があつたので、センターの代表者としてはこれを弁済するのは勿論、その金額の範囲内で担保物を提供し、あるいは高西組が第三者から借金をするについてこれを保証することも必ずしも不当であるとは言えない状況にあつた」としながら、さらに「センターに対する債権についてセンターの不動産に抵当権を設定することになつており、これによつて一応担保される情況にあつたのであるから、センターとしては債権者に対するためとはいえ、右とは別に高西組の県信に対する債務のために、自らの定期預金債権を提供して物上保証するについては取締役会の承認のもとになすべきものであつた」と判示し、結局被告人らの根質権設定行為がその任務に違背した行為であると認定しているのであるが、右抵当権の設定登記はまだなされていないのであるから、その債権が一応担保せられる状況にあつたと解することはできない。したがつて抵当権設定登記をするかわりにその債権の範囲内において定期預金を提供して物上保証することは不当とはいえない、と主張し、さらに仮りに右抵当権設定登記がなされていたとしても、債権額の範囲内でその弁済に代えて定期預金債権を提供して物上保証することは何等不当ではない。なんとなればもし右定期預金債権が、保証をなした債務のため消滅したときは、右抵当権の被担保債権も同額だけ減少するのであるから、結局物上保証をなしても何等の損害をも受けることはないからである、と主張し、そのいわんとするところが必ずしも明確であるとはいえないのであるが、結局まず原判決の前記説示は前段と後段とが矛盾しており判決の理由にくいちがいがあると主張するとともに、被告人らの所為が何等その任務に違背するものでないのに、これを任務違背であると認定した原判決には事実の誤認がある、と主張するものと思われる。

よつて、まず、理由のくいちがいの点について案ずるに、原判決がその理由中に(前記商法違反の点についての補足説明―弁護人の主張に対する判断)として所論掲記のとおり説示していることは原判決の判文上明らかである。そして右説示によれば、センターの代表者としては当時センターが高西組に対し約三、〇〇〇万円の負債を有していたのであるから、右債務の弁済行為は勿論、高西組に対し右負債額の範囲内で担保を提供することは一般的には不当とすることはできないが、しかし次のような状況下にあつては、高西組に対して本件定期預金債権を担保として提供するについては取締役会の承認を得なければならない、というのであり、次のような状況とは高西組は既にセンターに対する右債権についてセンター所有の不動産に対し未だ登記こそ経由していなかつたけれども抵当権を設定することになつており、これによつて右債権は一応担保せられる状況にあつたことを判示しているのである。したがつて、右説示にはその前段と後段において何等のくいちがいも存在しないことが明らかである。もつとも、所論は右抵当権については未だ設定登記がなされておらず、したがつて高西組のセンターに対する債権は未だ担保されていなかつたのであるから、該定期預金債権を担保として提供することも不当でない、さらに既に抵当権の設定登記がなされていても、該定期預金債権を担保として提供しても何等不当でない、と主張するのであるが、右はひつきよう前記説示の内容、すなわち未だ抵当権設定登記こそなされていないけれども、右債権は一応担保される状況にあつたので右状況下においては該定期預金債権を担保として提供するについては取締役会の承認の下になすべきであつたとする部分、について反対の見解をひれきするものに外ならず、その当否は別として、これをもつて右説示自体にくいちがいがあるとすることはできず、この点に関する論旨は理由がない。

つぎに、事実誤認の点について案ずるに、まず被告人らの本件所為、すなわちセンターの該定期預金債権に根質権を設定した行為、が取締役会の承認を要すべきものであるか否かについて検討することにする。

商法二六五条によれば、取締役が自己又は第三者のために会社と取引をなすには取締役会の承認を受けなければならないと規定し、取締役と会社との間に直接成立すべき利益相反行為が、同条にいう取引に該当することは多言を要しないところであるが、同条の法意は取締役と株式会社との利害が相反する場合において、取締役の利益を図り会社に不利益な行為が濫りに行なわれることを防止しようとするものに外ならないのであるから、取締役が代表してなす会社と第三者間の取引であつても、取締役と会社との利害が相反し、取締役に利益にして会社に不利益を及ぼすものについては同条にいう取引に包含されるものと解するのが相当である。(昭和四三年一二月二五日最高裁判所大法廷判決、最高裁判所判例集二二巻一三号三五一一頁参照)しかして当該取引が取締役と会社間の利益相反行為であるかどうかは、専らその行為の外形によつて決すべきであつて、取締役の意図やその行為の実質的な効果を問題とすべきものではないと解するのが相当である。けだし、そうでなければ、取引の相手方たる第三者に不測の損害を及ぼすおそれがあるからである。なお、商法二六五条の規定が適用されるのは、当該株式会社が株式会社としての実態を有している場合であつて、これに反し、当該株式会社が外形上は株式会社の形態をとつているが、実質的には個人経営であり株式会社の実態を有しないような場合にあつてはその適用はないものと解するのが相当である。(前記最高裁判所判決参照)けだし、かかる場合にあつては株式会社と取締役間に実質的に何等の利益相反関係も存在しないからである。

これを本件についてみるに、当時被告人西は高西組の代表取締役であると共にセンターの代表取締役会長という地位にあり、被告人中本は株式会社高西組の専務取締役であると共にセンターの代表取締役社長の地位にあつたものであること、本件根質権設定契約は被告人西が高西組の代表者として、被告人中本がセンターの代表者として第三者である県信との間に、高西組の県信に対する現在負担し又は将来負担すべき債務につき、センターの定期預金債権を担保として提供することを内容として締結されたものであることは既に判示したとおりであるが、さらに被告人両名の前掲各供述調書、被告人両名の原審公判廷における各供述ことに被告人中本がセンターの代表取締役社長に就任するに至つた経緯に徴すると、被告人中本はセンターの運営に関してはすべて被告人西の指示によつて行動していたもので、本件契約締結についても被告人中本は被告人西の指示によつて行動したものであることが認められる。

そこで以上の各事実に基づいて考察すると、本件契約は高西組の債務についてセンターの定期預金を担保として提供するものであるから高西組にとつて利益で、センターにとつて不利益を及ぼす行為であることは明らかであり、センターを代表した被告人中本は高西組の取締役であり、かつ高西組の代表取締役である被告人西の指示によつてこれと共謀の上行動したものであるから、被告人両名の本件行為は第三者である高西組のためにする取引として商法二六五条にいう取引に包含されるものと解すべきである。ところで、原審において取調べた契約書写(記録八八丁)、被告人西の検察官に対する昭和四〇年四月二一日付供述調書、被告人中本の同年同月一五日付供述調書、被告人両名の原審公判廷における供述によれば、一応外形的には被告人西が昭和三八年五月六日センターの株主全員の株式を買取り、実質的にはセンターを個人で所有するに至つた事実が認められ、そうすると前記説示の如く商法二六五条の適用がないことになるのであるが、原判決挙示の証拠を総合すれば、被告人西においてセンターの株式全部を買取つたものでないこと、したがつてセンターは被告人西個人の所有となつたものでないことが認められる。すなわち、センターは昭和三五年五月一六日白浜町のヌード業者等二四名が集まり、旅館業、娯楽場等の経営を目的として資本金一、二〇〇万円で設立登記されて発足したが、営業は不振を極め赤字が累増し、営業の継続が困難な状態となつたのでセンターの株主はその所有する敷地、建物を売却して同会社を整理する方針を決め、センターの建築工事を請負い請負残代金約一、八〇〇万円の債権者であつた土建業者高西組の代表取締役である被告人西に右土地建物の売却のあつせん方を委任し、被告人両名において右売却あつせんに奔走したが成功するに至らなかつた。そのころ、センターの株主内部にセンターの運営等に関し種々あつれきが生じていたので、主として白浜地区の株主においてこの際とかく異論を唱える主として湯崎地区の株主等一部の株主を整理することを企図し、被告人両名にも相談の結果、一応外形上は株主全員の株式を西に売渡す形をとつて右株主の整理を実現することとし、昭和三八年五月六日の臨時株主総会において辻本繁松が全株主を代表して捺印した売買契約書を作成し、当日株券を持参した株主よりこれを預り、これと引換にセンターと被告人西の共同振出名義の手形を交付し、そのうち湯崎地区の株主を主とした一一名の者に交付した右手形が支払期日に決済され、被告人西は右一一名の株主の所有した株式合計二万株を所有するに至つたが、その他の株主についてはもとより手形の決済はなされず、いまだ被告人西において右株主の株式を所有するにいたらず、当初の計画どおり一部の株主を整理するという結果に終つたことが認められ、右認定に反する被告人両名の前掲各供述調書、被告人両名の原審公判廷における各供述はその余の証拠と対比してにわかにこれを措信することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。したがつて、センターは株式会社の実態を有せず、実質的に被告人西の個人経営であるとなすことを得ず、商法二六五条の適用を受けるものであることは明らかである。

以上検討を遂げたところによつて明らかな如く、被告人両名が本件所為をなすに際してはすべからく取締役会の承認を受けるべき筋合のものであつたといわなければならない。しかして、被告人両名が右承認を受けていないことは原判決挙示の証拠によつて明らかである。

そこで、進んで、被告人らが前示の如く取締役会の承認をうけなかつたことが、直ちに商法四八六条にいうその任務に背いたことになるか否かについて検討することにする。取締役会の承認を受けなければならないとされる取締役の行為は、既に説示したとおり、取締役に利益で会社に不利益を及ぼすような取締役と会社間の利益相反の行為をいうものであるから、右のような利益相反行為を取締役会の承認を受けないでなした場合には、一応右取締役の行為は商法四八六条にいうその任務に背いた行為に該当すると認めて差支えない場合がほとんどであると考えられる。しかしながら、既に説示したとおり、利益相反行為に該当するか否かの判断は専らその行為の外形によつて決すべきものであつて、行為者の意図やその実質的な効果を問題とすべきものではないのであるから、行為の外形において利益相反行為に該当する場合であつても、当該行為をなすにいたつた行為者の意図やその実質的な効果など当該取引についてこれを実質的に考察すれば、その行為が必ずしも会社にとつて不利益を及ぼすものでなく、取締役の会社に対する誠実義務に反するものでないような場合も存在することがありうるのである。そして、このような場合には、商法二六五条に違反する取締役の行為であつても、これを目して商法四八六条にいうその任務に背いた行為に該当するとすることができないものと解するのが相当である。(また、以上とは逆に、たとえ取締役が取締役会の承認を得てなした取引であつても、その取引が実質的にみて会社の利益を害して取締役の会社に対する誠実義務に反するような場合には、商法四八六条にいうその任務に背いた行為に該当するものと解する。)

そこで、被告人らがセンターの取締役会の承認をえないでなした商法二六五条に違反する本件行為がこれを実質的に考察した場合必ずしもセンターに不利益を及ぼすものでなく、また被告人らが取締役としてセンターに対して負つている誠実義務に違反するものでないか否かについて以下に検討することにする。まず、本件行為当時、すなわち昭和三八年一一月一五日、におけるセンターと高西組の貸借関係についてみると、原判決挙示の証拠および株式会社白浜海上娯楽センターの第四期決算報告書写(記録四一二丁)、約束手形写四通(弁三号証の一ないし四、記録四〇八丁ないし四一一丁)、株式会社高西組更生管財人矢野良照作成の債権放棄書写(記録四九〇丁)、原審証人嶋久雄の公判廷における供述を総合すると、高西組はセンターに対して、センターの建物建築請負工事代金の未払分として一、八二〇万七〇〇〇円、センターの建設資金として白浜農協から借りてセンターに貸した分として五〇〇万円、センターが県信および白浜農協から借入れた金に対して支払うべき利息を高西組が立替払をした分、その他センターの人件費、営業資金にあてるため高西組が貸した分として約一、〇〇〇万円、以上合計約三、三〇〇万円の元本債権を有し、そのうち請負工事残代金については弁済期の経過後相当期間を経ていることが認められる。つぎに、センターの本件行為当時における大口債務についてみるに、前掲各証拠によれば、県信に対して六、〇五〇万円、白浜農協に対して四、三九六万円(センターが直接農協から借入れすることができないため、センターの株主が個人の不動産を担保にして農協から借り、これをセンターに貸すという形式をとつたもので、前記高西組の五〇〇万円もこれに含まれている)、高西組に対し前記約三、三〇〇万円の各債務があげられるが、右のうち県信に対する債務についてはセンターの土地、建物に総額八、〇〇〇万円の抵当権、根抵当権が設定されている外、本件二、二〇〇万円の定期預金債権に質権が設定されており、白浜農協に対する債務については特に担保の提供はなされていなかつたけれども、右借入金につきセンターに対し借主名義を貸している株主において個人の不動産を各別に右農協に担保として提供していたことが認められる。しかして、以上の如き諸事情に照らすと、センターの高西組に対する右債務についてセンターとして何等の担保の提供がなされていない場合には、センターの代表者が高西組の代表者を兼ねており、センターの代表者として右債務につき債務額の範囲内で担保を提供し、あるいは高西組が第三者から金借するについて担保を提供したとしても、これを目してセンターに不利益を及ぼし、取締役としてセンターに対する誠実義務に反した行為であるとすることはできない。しかしながら、原判決も説示する如く、前掲各証拠によれば、高西組は既にセンターに対する前記債権についてセンターの前記不動産について抵当権を設定することになつており、右抵当権設定の登記については、右設定登記をすると右不動産の売却処分が困難になると考えられたため、登記を差し控え売却できたときにその売却代金ですべてを清算する積りであつたこと、したがつて一応右債権は事実上担保されている状態にあつたことが認められ、さらに、田中敏夫の検察官に対する昭和三九年一一月六日付供述調書、田中亀一の検察官に対する昭和四〇年六月二九日付供述調書、嶋久雄の検察官に対する同年七月一四日付供述調書によれば、被告人らは昭和三八年一〇月下旬ごろ過去において高西組のために融資を受けたことのある田中亀一から高西組の運転資金を借りようとして同人方を訪れ、同人に対し高西組に対する三、〇〇〇万円の融資方を申入れたところ、同人から確実な担保の提供を要求されたため、センターの前記不動産を担保として提供することを申入れ、その結果同人から同年一〇月二九日ごろ一、〇〇〇万円、同年一一月二四日一、〇〇〇万円、同年同月二九日五〇〇万円、同年一二月五日五〇〇万円の貸付を受け、これをそれぞれ高西組の運転資金にあて、同年一二月五日右債務を担保するため右センターの不動産に売買予約に基づく所有権移転請求権保全の仮登記をすませたことが認められ、以上の如く高西組のセンターに対する債権は事実上担保されている状態にあつたこと、被告人らは高西組の運転資金として田中亀一から三、〇〇〇万円の融資を受けるに際しセンターの不動産を担保に提供することを申し入れ、既に本件行為当時はそのうち一、〇〇〇万円を受領しており右担保の提供はその実現がほぼ確定的と推認される状況にあつたことに徴すると、センターとしては如何に債権者に対するためとはいえ前記の事情に加えて高西組のために本件定期預金債権を担保に提供すべきものとは考えられず、結局被告人らの本件行為は、これを実質的にみても何等センターに不利益を及ぼすものではなく、取締役としてセンターに対する誠実義務に反しないものであるとなすことはできず、商法二六五条の要請する取締役会の承認を得ないでなした行為であるとともに商法四八六条にいう取締役がその任務に背いてなした行為であるといわなければならない。

してみると、叙上説示とほぼ同趣旨の理由により同一の結論を判示する原判決には何等事実誤認の違法はなく、他に所論にかんがみ記録を精査しても所論の如き違法はこれを見出すことができない。この点に関する論旨も理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条、当審における訴訟費用の負担につき同法一八一条一項本文、一八二条を適用して主文のとおり判決する。

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